こんにちは💝、華音です。
このブログにお越しいただき、ありがとうございます。
昨日、9月11日は、同時多発テロと、私の父親の誕生日でした。
おとといに、会社の友だちと明日は同時多発テロだった日だねって話していて、
私たちはあの日のニュースで、信じられない映像を何度も見て、
とても衝撃を受けたあの感情を、忘れられません。

そこに、父親の誕生日も重なっていたので、忘れたくても、忘れられなくなってしまいました。
でも、友だちと、あの映像をあの日に見たっていう人も、
年齢層が若いグループにいたら、珍しい人になっていくのかな〜と、
話していました。
私には、つい最近の出来事のように思ってしまうのですが、
2001年の出来事なので、もう18年前になるのですね😱
もうこの頃は、そんなに話題にも上がらなくなってしまいましたしね。
あの頃から、すごく偏った印象で、
イスラム教は過激で怖いというイメージになってしまいました。
マレーシアに来るまで、マレーシアがイスラム国家だということも知らなくて、
こちらに住んでいても、今いち、イスラム教の全容は、
私には見えてこないです。
同じイスラム教でも、すごく厳格な人と、
緩めな人で、生活が全然違いそうです。
基本としては、1日に何回もお祈りをします。
かなりの回数をちゃんとしたお祈り部屋でするようです。
仕事中でも、宗教優先みたいです。
アルコールと豚肉は厳禁です。
ラマダンという、明るい時間の断食が、年1回たぶん1ヶ月くらい毎年あります。
女性はヒジャブという、頭部を覆う布を巻いています。
たまに、イスラム教徒なのに、巻いていない人もいますが…。
TPOはあるようですが、ヒジャブもいろいろ楽しめるようで、
カジュアルな時は、サテンの光り物の布に、
スパンコールが散りばめられた、
ステキなヒジャブを着用している女性も見かけます。
花柄や、華やかな色や、お店には色んな種類のヒジャブがおいてありますし、
やっぱり女性はオシャレしたいんだろうなって、
親近感がわきました。

女性は長袖でロングスカートで、こんな常夏の国で、
なんて理にかなっていないことしてるんだろうとは思っちゃいます。
いつもイスラムの格好をきちんとしている女子に、
暑くないの〜😳って聞いたら、暑い〜って言ってました。
そりゃそやんねってなりました。
マレーシアは平和ですし、ここで生活をしていたら、
あのテロからしばらく恐れていた、イスラム教のイメージとは、
随分と違うものにはなりました。
私の父親は、数年前に他界しましたが、
あまり接点がなく、それなりに私への愛情はあったのでしょうが、
なんだか周りの友だちの家庭とは雰囲気が違って、
私の望む親子関係は、父とも母とも築けませんでした。
亡くなった時はとてもショックでしたし、寂しかったですけど、
精神的なつながりの実感がないので、
よけいに孤独感があったのだと思います。

小さいときから、家庭に居場所が感じられなかったり、
親が味方ではなく、特に母親は最大の敵みたいな存在で、
父も母親側の立ち位置だったので、
精神的な親子のつながりを実感できませんでした。
私は第一子で、5歳下の妹と、9歳下の弟がいますが、
年齢も離れているし、そんなに気が合うわけでもないので、
正直なところ、そんなに家族愛はないと思います。
私は、今回の人生では、理想の親子関係や、
家族のつながりを得られない設定にしてきたのだろうと思うようになりました。
むしろ、家族に縛られずにできることに、目を向けるべきなのだろうと思います。
確かに、世間一般の感覚にはどうしてもなれないし、
自由に何かをしていくほうが、本当は向いているのだと、
やっと認められるようになりました。
でも、温かい家庭や、人間関係への憧れは、子供の頃からずっとあるので、
今は亡き父の誕生日というのは、父がいないという事だけではなく、
私が手に入れられなかった家庭環境への切なさや、
孤独感と絡まって、まだ昇華できていないインナーチャイルドや、
まだ、今までの全てに感謝できるくらい、私自身が幸せになってないことを、
改めて、感じてしまう日なのです。
この父親や、この家族を選んできたおかげで、
今の幸せがあると思えて、それらの全てに心から感謝できるくらい、
ちゃんと幸せになりたいと思います。
幸せになって、心から全てに感謝できるようになるために、
本当に、自分で自分を大切にしていきます。
何かのお陰でと、何かのせいでっていうのは、
結果が良いか悪いかだけの違いで、紙一重ですよね…。
自分の中の何かのせいでっていう事柄を、一つ一つ何かのお陰でって心から思えるように幸せになっていきたいですね💕
お読みいただき、ありがとうございました😊